« 謎の解明 | トップページ | 中国からやってきた蓮蛙君 »

2007年4月25日 (水)

奇跡を見た気がする....

義母の件ではたくさんのメールやアドバイス、体験談、
生の励まし等、本当にいろいろありがとうございました。
今までまったく知らなかった世界なので困惑と現実の狭間で
悪戦苦闘しまくりましたが、その後の状況をお伝えしときます。

まずはいきさつを...
86歳高齢ながらも、とても元気で独り住まいをしていた義母が
明け方トイレに立った時、目眩を起こし倒れて入院
  ↓
検査の結果、悪い目眩でなかった(三半規管系)のですぐに治るも
 点滴針刺し失敗、ナース達との意思疎通がうまくいかない、
 食事がおいしくない、話し相手が居ない、等の病院ストレスで
 心房細動(これにより一時的に脳が酸欠になるという)不整脈が発生
  ↓
これって脳梗塞を起こす可能性があるものだから
 さらにベッドに固定されてしまった。
  ↓
動かない&ストレスでまたまた心房細動を誘発するの悪循環で
 軽い脳梗塞を起こしてしまった。
  ↓
言語障害、運動障害、意識混乱、味覚障害、等症状が発生。
 そんな重い症状になってるとはつゆ知らず担当医からの助言で
 兎夢が一時帰宅の申請をして一人で義母自宅に連れ帰る。
  ↓
思うようにならない大謎に包まれながら悪戦苦闘の末
 発生してた麻痺を大方治して義母を病院に戻し、
 大急ぎでショートステイできる施設の手配をする。
 (この間、間があいたためベッドに固定されてる義母が
  また脳梗塞を起こさないよう毎日2時間の会話を実行)
  ↓
10日間の介護施設生活
 普段デイサービスで利用してた所なので知り合いも多く
 病院のように点滴されたり身柄拘束されないので
 結構楽しく過ごしたもよう。
  ↓
義母を自宅に戻して、以前の独り住まい生活ができるか
ヘルパー、息子、嫁、の通いでフォローしながら現在要観察中。


ということになってるんですが、
義母は足腰が以前より弱くなっていて歩行に時間がかかるものの、
あの苦戦したトイレも手すりを1本増やしたりの工夫で、
自分一人で出入りできるようになってました。
椅子も一人で座れるし立ち上がることもできるし
あの夜、兎夢がどうしても運べなかった隣の寝室にも
一人で歩いて行けるし、キッチンにも行ける。
そして、私達ににこやかに感謝を述べる。

...ていうか、

元の生活をしています!(@o@/


先日、何も手を貸さないでこの様子を見守った兎夢は
たった12日前にこの同じ場所で、まるで戦場のように
“共に戦った”ことを思い出し、奇跡を見てるような気分で
もう感慨ひとしおです。

みなさん、86歳でも復活できるんですよ!
いや、このままずっと安心なんてこれっぽっちも思ってませんけど
義母があの状態から復活したことだけは本当に確かなことなので
皆さんにも知っておいてもらいたいなと思いここに記しておきます。
そして。
今、いろいろわかってきたことや皆さんからの体験談等を聞いて
この復活へのポイントも自分なりになんとなくわかるのでこの事も
書いておこうと思います。


まず一番最初のポイントは、担当医からの助言です。
この先生はなんでもなかった普通の義母のことを良く知ってたので
いち早く身内に助言ができたのです。

 お年寄りばかりな病棟では普通の義母を知らなければ
 最初からそういった(少しボケた年寄り)と思われて
 しまうのです。なので初期症状は見逃されがち。

二番目のポイントは、この助言を受けて本当にすぐに連れ帰って
自宅リハビリをさせたこと
だと思います。

 この時の私と同じ体験をされて、病院に任せた方が安心と
 判断された方のご家族はそのまま麻痺が残ってしまい、
 現在、大変後悔されている、とのお話を聞きました。
 普通の病院はリハビリをしませんし、逆に“動かさない”という
 本人にとっては良くない方の状態になります。

 Wikiの【脳梗塞】によるとこんな記述もありました↓
 機能予後は、リハビリテーションをどれだけ積極的に実施できたかに
 よるところが大きい。病床で安静にする期間をできる限り短くし、
 早期から日常に近い生活を目指すことが重要である。
 超急性期リハと呼ばれる、発症当日からのリハビリが
 最も有効であることが示されている。

 (確か義母は発症2日目からのリハだと思います)
 

三番目のポイントは、義母自身の「元の生活がしたい」という
とても強い意志と根性
があったからだと思います。

 いや、「元の生活ができるようにならなければ」という、
 もっと切羽詰まった気持ちかもしれません。
 何故なら、いろんな事情から今後“息子の家に引き取ってもらって
 つきっきりでめんどうをみてもらえる”という選択肢がないのです。
 そして昔の方なので将来家を継いで親の面倒を見る長男家と、
 分家した次男家に対するあからさまな差別をし続けてきた結果、
 次男の嫁には「やってもらって当然」という気持ちより
 「世話かけてすまない」という気持ちの方が大きいのです。

 でもコレが逆に義母の復活の原動力になったのだと思います。
 もしあの悪戦苦闘の夜を共にしたのが、長男の嫁だったり
 実際の母娘関係だったらもっと甘えが出て、あんなには
 がんばり通せなかったんではないかと思ったりもします。
 次男の嫁である私ががんばればガンバるほど
 義母は元の生活に向けて泣きながらもがんばったのでしょう。
 

と、このように3つのポイントが運良くうまく重なることによって
今回義母は86歳にして無事早期復活をとげることができたんでは
ないかな、と思ってます。

それにしても人間の脳って凄いですね。
86歳で、脳組織が酸素不足のため壊死、または壊死に近い状態になっても
こうして復活するんですよ!
(更紗さんのコメントによると93歳でも復活しています!)

もっとずーーーっと若い私たちが『最近、ボケたなぁ。。。』なんて
呑気な事言ってたら(え、言ってない?)なんだかもったいないですね。
もっと一生懸命脳を使わなければ(^.^;


ところで、この脳梗塞ですが高齢者だけの病気ではありません。

肥満→心臓病→脳梗塞
肥満→糖尿病→心臓病→脳梗塞

心臓疾患ってなんとなく一気に即死なイメージがありましたが
(心臓発作で一発即死って思ってたの私だけ?)
麻痺という後遺症を残す、本人にとっても家族にとっても
大変な病気なのですね。
みなさん、今は人ごとで読んでいても、本人の立場になるか、
介護側の立場になるか、遠い将来なんらかの形で身の回りに
ふりかかってくる問題でもあると思いますよ。

....そしたらこの時の兎夢を思い出して、
勇気を振り絞る足しにしてください。(え、ならない?(^.^;)

|

« 謎の解明 | トップページ | 中国からやってきた蓮蛙君 »

コメント

兎夢さんも素敵ですが、お義母さまも素敵な方ですね。
お義母さまが復活されて良かった^^

「心臓発作で一発即死」って私も思っていましたが、
私の祖母は心不全から復活しましたよ^^
その祖母は5年前に91歳で亡くなりましたが、
長いこと心臓が悪く、最後の10年くらいは入退院を繰り返していました。
これくらいの年齢の人は何日か入院してたら
大抵分からなくなっちゃう(ボケちゃう)んだけどなぁ...と担当医に
変な感心のされ方をしたくらい、祖母は最後までいろんなことを分かってました。
年なので手術も出来ず、分からなくなってしまった方が、
本人にとっては精神的に楽なのでは?という
担当医なりの思いやりの言葉だったように思います。

近い将来父や母の面倒を見るのは私である可能性大なので、
大変勉強になりました。
何事も早めの対応が肝心!なのですね。

投稿: ゅぅ | 2007年4月25日 (水) 18:32

うんうん、リハビリの大切さってよーく分かりますよ。
ちなみにウチの婆さんは毎週帰宅。
日に日に良くなっているのが分かります。
先週は 当たり前のように寿司を食べる姿を目撃。
今までのは動けない演技?って疑いましたもん。
「普通」って凄く良い言葉だなって最近思いますよ。

投稿: でむちん | 2007年4月25日 (水) 20:53

リハビリって大変だけど大切ですよね。
「口から食べる」ってのも物凄く大切らしいですね。
昔はずっと流動食が当たり前って感じでしたが。
父も早めに普通食(おかゆから)になってました。
のどを通る感覚が生き物にはいいらしい。
ってムツさんが王国で言ってました。
「私はこれを何十年も前から言ってたんです」ってね(笑)

いやーお義母さまが早く復活されて良かった良かった。
みんな頑張ったね〜。

投稿: kinta | 2007年4月27日 (金) 08:43

>ゅぅさん
 いやいや二人とも「素敵」でなく「必死」なだけですよ(笑)

 話ってのは聞いてみるものですね。
 ご高齢の方が心不全から復活するなんて....
 心不全こそ「一発即死」な響きがあるような
 気がするというのに(^.^;
 しかも入院してもボケない!(これはかなり珍しい)
 変な感心っていうより、普通に“驚き”かもしれませんよ!
 ...たぶんこれは病院内の方やお見舞いの方とたくさん会話を
 したのではないかな?と思いますがどうでしょ?
 普通のご飯を自分の手で食べるのと毎日他人とおしゃべりするのは
 なんかすごく良いことのような気が、今回しました。

 何事も早めの対応!
 分っていても勇気の要ることです。
 勇気を押してくれるのは“知識”かな?
 いろいろ経験者からお話聞いておくのも良いことですねぇ。

>でむちんさん
 わー、すっごい良くわかります。
 一度倒れたお祖母さまが普通にお寿司食べてるの見て
 『こないだのは演技だったのか?』と一瞬疑うって。
 義母も貞子(シツレイ)した数時間後、箸を私よりうまく
 使い始めた時には嬉しさ反面、妙な嫉妬さえ(^.^;
 (兎夢は箸使いコンプレックス有りな人)

 普通って嬉しいですよね。
 とりあえず“普通の表情”“普通の会話”の素晴らしさを
 実感することから始まりますね、この手の介護って。

>kintaさん
 なるほどー。
 義母はおかゆが嫌いで病院で出てた食事を
 あまり食べなかったんだけど(だから点滴された)
 病院以外では普通の食事を普通に自分で食べてました。
 しかも固めに炊いたご飯が好きだとか(^.^;

 生き物って逆に考えれば...
 喉に食べ物が通らない→身体を動かさない→これを受けて
 脳が“死”を判断して活動を徐々に停止していく
 という運びになっても不思議じゃないですよね。
 (怪我だったらそれを治すことに脳が働くから大丈夫そうだけど)

 さぁ、私たちも自分の脳に見切りをつけられないよう、
 活性をあげましょう(^o^/

 あ、みんなは“食べる”活性の方はガッツリ大丈夫そうですね。
 私はあまり食べるの好きぢゃないからキチンと食べなければ。

 
 
 

投稿: 兎夢 | 2007年4月27日 (金) 13:53

すいません。。。今頃コメント書いて。。。
うちの父は13年前に軽い脳梗塞を患い、通院+投薬でその後8年程まったく進行もせず安心していたのですが、5年前に薬の処方が変わったとたんに容態が悪化。。。みるみるうちにひどくなってしまいました。
なぜ薬の処方が変わったのか?を主治医に聞いたのですが、主治医は変えていないとの回答!???
調べたところ、処方箋薬局で変えたとの事なのですが、仕入れの問題で同じ成分で他メーカーに変えただけと。。。
薬が変わったのが原因なのか否かは定かではないのですが、明らかにその時期が一致しているのです。
父は現在も入院生活していますが、認知症もあり自分もうちの母の事もわかりません。。。でもうちの娘の事はわかるんですよねぇ。。。

投稿: くろべえ | 2007年5月 2日 (水) 23:10

>くろべえさん
 レスが遅くなってすみませーん!
 薬のお話....とっても怖いですねー。
 関係ないわけないっ!って思いますよ。
 義母もなんだかとんでもない量の薬を毎日飲んでますが
 (ごはんより多いんでない?とか冗談言うほど)
 最初めまいを起こしたのでめまいを防ぐ薬が処方されて、
 その後不整脈を起こしたので心臓のお薬が追加されて...
 よく見ると追加されたその中に副作用がめまい、ってのが
 あったりする。
 なんだかなぁ。。。。ですよまったく。
 私だったらあれ全部飲まないな、きっと(^.^;

 お孫さんがわかるお父様...楽しみもあってよかったですね。
 私の祖母も「もう誰の事もわからないし話せない」と言われてる
 状況だったのに亡くなる前日に私と普通に会話しました。
 私の名前をちゃんと呼んだし、来てくれてありがとうって言ったし。
 でも二人きりの時に話したので誰も信じてくれないんですけどね(^.^;

 孫の威力ってすごいですね。

投稿: 兎夢 | 2007年5月 7日 (月) 01:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 謎の解明 | トップページ | 中国からやってきた蓮蛙君 »